作家プロフィール

伊藤 整

1905 ~1969年、享年64。北海道出身。小樽高等商業学校卒、東京商科大学中退。小説家、詩人、文芸評論家、翻訳家。本名は伊藤 整(ひとし)。

小樽高商卒業後、教員となり百田宗治主宰の詩誌『椎の木』に参加し、北海道の自然と交響する抒情を素朴なスタイルでうたいあげた詩集『雪明りの路』 (1926年) を自費出版する。上京して東京商科大学本科に入り、友人らと批評誌「文芸レビュー」を創刊 (1929年) し,小説『感情細胞の断面』 (1930年) で川端康成に認められた。商大中退後、ジョイスの『ユリシーズ』 (1931~1934年、共訳) 、ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』 (1935年) を翻訳する一方、「内的独白」や「意識の流れ」を重んじる精神分析法を取入れた文学論『新心理主義文学』 (1932年) や、その実践としての小説『幽鬼の街』 (1937年) などを記す。
戦後、完訳『チャタレイ夫人の恋人』 (1950年) で猥褻罪により起訴されたのを機に芸術表現の自由をめぐる法廷闘争を展開、その体験から得た組織と人間の主題を『裁判』 (1952年) 、『花ひらく』 (1953年) 、『火の鳥』 (1949~53年) に展開する一方、『伊藤整氏の生活と意見』 (1951~1952年) 、『女性に関する十二章』 (1953年) などの成功もあって、人気作家となる。風刺、諧謔を多用し交響曲的効果をねらう小説形式が特色で、代表作に『若い詩人の肖像』 (1955)年 、『誘惑』 (1957年) 、『氾濫』 (1956~1958年) などがある。また物語的手法で『日本文壇史』 (1952~1969年) をまとめ、日本近代文学館の創立にも寄与した。1967年、日本芸術院賞受賞。

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伊藤 整

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